大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和42年(ワ)239号 判決 1968年5月27日

原告

中村信義

被告

下川路秀雄

主文

一、被告は原告に対し、金八四万六、四〇〇円およびこれに対する昭和四二年七月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その二を被告、その余を原告の負担とする。

四、この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

(当事者双方の申立て)

一、原告

「被告は原告に対し、金二五三万三、八〇〇円およびこれに対する昭和四二年七月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(請求原因)

一、事故の発生

原告は、昭和四〇年一月二六日午後五時頃、指宿市十二町一、二四〇番地先十字路において南から北へ(多良浜方面に)第二種原動機付自転車(指宿市三―〇二八一号、以下原告車という。)を運転して横断中、西から東へ向つて(海岸方向に)進行してきた訴外尾ノ上幸二が運転する普通乗用車(鹿五あ七四四三号以下被告車という。)に衝突され、転倒して左下腿開放性骨折の傷害をうけた。

二、被告の責任

被告は、タクシー業を営み、自己の所有する被告車を、被用者である尾ノ上に運転させ被告の業務を執行中、本件事故を惹起したものであるから、原告に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

本件事故によつて原告が蒙つた損害はつぎのとおりである。

(1)  原告は、昭和四〇年一月二六日から同年六月一六日頃まで指宿市十二町一、三五九番地所在の大野病院に、翌一七日頃から昭和四一年二月四日まで同市同町四、一四五番地所在の国立鹿児島療養所に入院中の看護手当として一日六〇〇円の割合で支払いを余儀なくされた金二二万五、〇〇〇円

(2)  原告は右の入院のため自己の営む魚類販売業に従事することができず、昭和四〇年二月から翌四一年三月まで従業員一名を雇い給料として支払つた金二八万円

(3)  退院後もなお骨髄炎を併発しておりこの治療費金一万三、二〇〇円

(4)  右骨髄炎の悪化を防ぐため着用の足部矯正装具代金一万五、六〇〇円

(5)  原告は本件事故の発生により前記のように受傷し、さらに骨髄炎を併発したため未だに治癒せず、その上自家の魚類販売業も休業状態にあり多大の精神的肉体的苦痛を蒙つた。他方被告は調停にも応せず誠意を示さない。以上の事情からこの苦痛を慰藉するに足りる金額は金二〇〇万円が相当である。

四、よつて、原告は、被告に対し前記損害金および慰藉料の合計金二五三万三、八〇〇円およびこれに対する本件事故発生後で、本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年七月二八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁および抗弁)

一、答弁

(1)  請求原因、一および二の事実はいずれも認める。

(2)  同三の事実中、原告が、治療のため原告主張のとおり入院したこと、原告が未だ矯正装具を着用していることはいずれも認めるが、その他の事実はすべて争う。

(3)  ことに被告は、原告が大野病院入院中は殆んど毎日見舞品をもつて見舞い、国立鹿児島療養所入所中も少くとも月一回見舞いあるいは入院治療費二〇万八、九五四円を被告において支払い、見舞金二万円を贈り、原告の家族らの使用するタクシー代は無償にするなど精一杯の慰藉はつくしている。

二、抗弁

(1)  原告には次のとおり重大な過失があるので損害額、慰藉料額の算定につき十分斟酌されなければならない。すなわち、本件事故現場は、交通整理の行われていない交差点であつて、事故当時、被告車は、原告車よりも先に右交差点に入り、したがつて先入優先の通行順位により、あるいは、仮りに、両車同時に入ろうとしていたとしても、同順位左方優先の通行順位に従い、原告車は被告車の進行を妨げてはならない注意義務を負つていたものというべきであるところ、原告はこれを無視し、時速三〇粁で原告車を運転し右交差点に進入し横断しようとした過失により本件事故の発生をみるに至つたものである。

(2)  原告は、保険会社から自動車損害賠償保障法に基づく責任保険金として金三〇万円の支払を受けた。

(抗弁に対する原告の答弁)

抗弁(1)の事実中、本件事故現場が交通整理の行われていない交差点である点は認める。その他の(1)事実はすべて否認する。

(証拠) 〔略〕

理由

一、請求原因一および二の事実(本件事故の発生および責任原因)は当事者間に争がないから、被告は自動車損害賠償保障法第三条本文の規定に基づいて本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

二、そこで原告が蒙つた損害およびその額につき判断するに、

(財産的損害)

(1)  〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により受傷した昭和四〇年一月二六日から同年六月一六日まで指宿市十二町一、三五九番地大野病院に、翌一七日から同四一年二月四日まで同市同町四、一四五番地国立鹿児島療養所に入院して治療を受けたが、右大野病院入院中、付添人に対する看護として一日当り金六〇〇円の割合で一四二日分合計金八万五、二〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。原告は右のほか国立鹿児島療養所においても看護手当を支出した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(2)  〔証拠略〕によれば、原告は入院加療中、本件事故による骨折からさらに骨髄炎を併発し前記療養所において入所中ならびに退所後も引き続き治療を受けた結果、昭和四一年一月から同年一二月までの治療費金一万三、二〇四円を支出し、さらに右骨髄炎の悪化を防止するため足部矯正装具を購入して着用したためその代金一万五、六〇〇円を支出し、それぞれ同額の損害を蒙つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして右治療費については原告は被告に対し内金一万三、二〇〇円の支払を求めるのでこの限度で理由がある。

(3)  原告が魚類販売業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、前示認定のとおり本件事故当日から昭和四一年二月四日までは前記病院ならびに療養所に入院して治療したため右自家の営業に従事することができず証人中村ヨシの証言および原告本人尋問の結果によれば同療養所を退所後もなお骨髄炎で自宅において、安静治療を続けたため同様に右営業に従事することができず、その間昭和四〇年二月から翌四一年三月まで従業員として江間忠を雇傭した結果、給料として少くとも月一万八、〇〇〇円宛、合計二五万二、〇〇〇円を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(4)  なお被告は原告にも重大な過失がある旨主張するので検討する。

本件事故現場である交差点では交通整理が行われていないことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、(1)同交差点附近は八間道路方面から近づくと右は高さ二米位の板塀によつて左は人家によつてさえぎられ交差点入口に近づかなければ左右の道路に対する見通しがきかない幅員五米の道路であること、(2)摺ケ浜方面から近づいても同様に右は高さ二米位のセメント塀によつて、左は前示板塀によつてさえぎられ見通しのきかない幅員五・〇七米の道路であること、(3)尾ノ上は、八間道路方面から海岸方面に向い時速約二〇粁で直進し同交差点にさしかゝつた際、自車の斜め前方約六米先に、時速約二〇ないし一七粁で摺ケ浜方面から多良浜方面に向う原告車が右方道路から急に出てくるのを発見したが、その瞬間、尾ノ上は自車が既に原告車より先に交差点に入つていたので原告車が停車してくれ、自車が優先通行できるものとたやすく判断しそのまゝ進行したところ原告車が予想に反しそのまゝ進入してきたので危険を感じあわてゝ急ブレーキをかけたが及ばず停車寸前に同交差点中央において自車前部ナンバープレート附近を原告車に乗つた原告の左足ないし原告車の左エンジン附近に衝突させその場に原告を転倒させたこと、(4)本件交差点には被告車の残した約二米位のスリツプ痕が印されていたこと、(5)他方原告は被告車に気付くのが遅くブレーキをかけるいとまがなく原告車のスリツプ痕は残されていなかつたこと、

以上の事実が認められ、前掲甲第四、五各号証、乙第五号証、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比し措信できず他に右認定を覆するに足りる証拠はない。

右の争いのない事実および認定された事実によれば、原告ならびに尾ノ上は、本件事故現場附近のごとく見通しもきかず、かつ交通整理もなされていない交差点にさしかかつたのであるから両名とも各自自動車運転者として左右の道路から急に他の車両等が走り出てくるかもしれないことを予想して何時でも停車できるように最徐行するか、ないしは一時停止するなどして左右の安全を確認し、左右道路から進入してくる車両を発見したときは、直ちに急停車の措置をとつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたにもかゝわらず、双方ともこれを怠り漫然とそれぞれ約二〇粁の速度で進行したため本件事故を惹起したものであるから、この点において双方ともに過失を免れない。さらに、原告においては被告車が既に先に本件交差点に進入したのでみるから進行順位に関する先入優先の原則により被告車の進行を妨げてはならない注意義務をも負つていたにもかゝわらず慢然と進行し、右被告車の優先進行権を無視したことも本件事故発生の重大な一因をなしたものといわなければならない。被告の損害額を定めるについては以上の事情をも斟酌すべきところ、その度合は尾ノ上四、原告六の程度とみるのが相当であるからこれを考慮すると原告の蒙つた前示財産的損害金三六万六、〇〇〇円のうち被告の負担すべき金額は、金一四万六、四〇〇円となることが明らかである。

(慰藉料)

〔証拠略〕によると、原告は本件事故のため前示のとおり左下腿開放性骨折の傷害を蒙り前記交差点に転倒したところ、尾ノ上によつて被告車に載せられて前示大野病院に運び込まれ手術をする等治療受けたが骨髄炎を併発し、鹿児島療養所に移つてからも再手術する等治療に努めたが事故後二年余を経過した現在、前記骨折は変形治癒したものの骨髄炎が完治せず後遺症として膝関節拘縮をきたし、日本式座位は不能であり、運動ないし寒冷に対しては疼痛を伴い膝および足の関節が腫脹する状態であるところ、一家の生計を維持するためには安静にして治療に専念することもできず病状の悪化を防止するため足部矯正装具をつけて自家の営業に従事しているが幾多の不自由や支障を関じていることが認められ、(右認定を左右するに足る証拠はない。)原告の蒙つた精神上肉体上の苦痛は大なるものがある。

以上のほか、前示のように本件事故発生の原因として原告の過失の占める割合その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると原告に対する慰藉料としては金一〇〇万円が相当と考えられる。

三、してみると、原告は被告に対し前項の財産的損害ならびに慰藉料の合計金一一四万六、四〇〇円の損害賠償債権を取得したものというべきところ、原告は本件事故によつて保険会社から自動車損害賠償責任保険金三〇万円を受領している(この点について原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)から、被告が原告に支払うべき金額は、金八四万六、四〇〇円である。

そうだとすれば、原告の本訴請求は、被告に対し、右金八四万六、四〇〇円およびこれに対する本件事故発生日の後である昭和四二年七月二八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 吉野衛 三宮康信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例